2011年11月4日金曜日

ぶどう園ボランティア日記48

2011/10/15(土) 48回 雨のち曇り

甲州の収穫日。朝730分集合のため、ひとつぶの葡萄に前泊。

530分起床。雨。7時前に合羽を着て宿を出たが、雨脚が強いため一旦Uぶどう園へ寄り、さらに長靴に履き替え、帽子をかぶって、いざ畑へ。720分頃に着いたら、もうTさんとその友人、新田さんの3人が作業を始めていて、私で4人目。雨にけむる甲州畑。

             

雨なので圃場で選果・摘粒しないで、とにかく急いで収獲を済ませることに。その結果あっけなく830分頃には完了。量の不作年である。

730分を過ぎても、8時になっても後続部隊が現れないので、こりゃ中央線が止まったんだといっていたら、ちょうど作業が完了した頃に18人が登場。がっかりすることしきり。畑に捨てられた房の傘かけに使われた紙製の傘を集めるだけで畑の作業はおしまい。内田家に戻って、納屋の前の土間で、選果・摘粒をしてもらう。

選果・摘粒の結果今年の甲州収獲量は、10kgの収獲カゴ38箱、380kgで、小型トラックの荷台2段強でおしまい。2011年物勝沼人の大地白は貴重品となること必至。質の豊作年になるだろうか?

              

10時過ぎには選果も終わり、12時前には打ち上げパーティ開宴となった。
庭の旧ピザ窯に、ぶどうの幹の薪をくべて、蒸し焼きにした蒸鶏3羽、仙人カレー、ナン、ポトフ、丸玉ねぎの蒸し焼き。

                                
ワイン15本を元気な20人余であっけなく消費。

             
農家の自家用や、ぶどう栽培農家が委託醸造させたワインや、ダイヤモンド酒造の見たこともないワイン(2007年物)など、さすがに地元でなければ出会えないようなワインが次々に出された。


                               
                                
自己紹介タイムでの若い人たちの話を聞きながら、彼らはおいしくなってからの日本ワインを飲んでいるんだなという感慨を抱いた。というかおいしくない時代が長かったということを知らないのだろうなと思った。私がワインを飲み始めた40年前には、誰も国産ワインなんかには見向きもしなかった。かつてワインはクズぶどうから造るもんだという言い方をされたが、そういう時代が長く続いたのである。現代の若者がちょっぴり羨ましかった。

帰りは、Tさん運転の車に同乗させてもらい、4人で、土曜日の午後のがらすきの中央高速上りを快適に八王子まで走り、早々と16時ちょっと過ぎには立川まで戻った。

ぶどう園ボランティア日記47

2011/10/12(水) 47回 快晴、濃い靄が甲府盆地全体を覆う

定点観測写真:

             

盆地の西側の山々がまるで見えない。駅についてホームから東側の菱山の山を見ると、そちらも靄。春と秋にはこのような靄がしばしばかかるとのこと。真上を見上げると雲ひとつない快晴。

1圃場へ行く前に甲州の畑によって、収獲かご3つに一杯分だけ、収獲した。
お茶うけに2房もらって、午前中に1房を、午後に房の半分程を食す。房によってというか樹によって、甘味酸味等微妙に味が異なる。

甲州も、果肉と果皮の間の甘味がもっとも強く、おいしい。果肉は酸味が効いていて、種の周囲は渋い。黒ぶどうだとアントシアニンだけれど、白ぶどうだと何?

今日も一日刈払い機を使って第1圃場の草刈り。17時までかかってようやく一通り刈終わった。


刈払い前(928)

             
刈払い後(日を変えて10211135分撮影)

             
凌ぎやすい季節になったとはいうものの、やはり汗はかく。今日もお昼に1回、帰りがけに1回着替え。

いよいよ今週末15日は甲州の収穫。天気予報は曇り時々雨だけれど、雨天決行とのこと。

ぶどう園ボランティア日記46

2011/10/7(金) 46回 快晴なのだけれど南アルプスに靄

定点観測写真:

              

一日、第1圃場で刈払い機による草刈り。

1圃場のトラ刈りをなくしきれいに刈り取ることを優先し、一番下の道の石垣のところから着手し、苗の周りだけでなく全圃場の雑草を刈った。

前回(104)から今日までの間に、U氏の父君が、見るに見兼ねて、第1圃場の草刈りをしてくれたそうだ。入ってすぐのところなど、きれいに刈り込まれていた。
1圃場の大きさに比し労働力が不足しているので、進捗がはかばかしくなくてちょっと辛い思いをしたが、このように少しでも助けがあると目に見えてはかどり、励みになる。

1圃場だけでこの有様なので、もし来年も似たような参加状況だと、第2圃場は放棄せざるを得ないかもしれない。

それはともかく、刈払い機の操作にもかなり馴れてきて、草刈りのスピードもちょっとはアップしたようだ。次の写真は一番下の区画の1351分の状態。

              

あと2回あれば第1圃場の草刈りは完了するだろう。

帰りにも定点観測写真を撮った。日没の光を受けた南アルプスが影絵のように美しかった。

            

2011年10月31日月曜日

ぶどう園ボランティア日記45

2011/10/4(火) 45回 快晴

定点観測写真:

              

秋の気配が濃くなってきた。8時半頃から17時頃まで一日刈払い機を使って草刈りをしたが、汗のための着替えは一回のみ。気持ちの良い秋晴れ。爽快な風が吹く作業日和の一日だった。

午前中一杯かかって第1圃場の苗木まわりの草刈り完了。最下段はまだ草茫々に見えるが、これでも苗の周囲は草刈りが終わっている。

             
葉を鹿に食べられた苗もリカバリーしている。鎌の右に見える灰色のカプセル状のものは鹿のフンで、色からして、相当以前のフンである。その後は、鹿の侵入はないらしい。

              
午後は第2圃場の草刈り。金属刃を付けた刈払い機を初めて使った。針金や太いワイヤーも切断できてしまうのでくれぐれも刃先に注意を集中して慎重に操作することが必要。確かに、人間の手足など簡単に切断してしまうような、恐ろしい回転刃である。

2圃場の雑草は伸び過ぎで、そのせいで活着していた苗の多くが枯れてしまっている。刈り取りを待っている雑草を1544分に撮影。

            
日暮れて道遠しの感。

朝、勝沼人の大地の甲州畑に寄って撮った甲州ブドウの房の写真。

                              

ボルドー液だけの、ほぼ無農薬栽培による初年度の房は、多くがこれまでなかったほどの粗着型である。ベト病で摘粒したせいもあるだろうが、粗着の房が目立つ。

U氏の舌糖度計によると1718度、搾汁すると、酸がしっかりしているので、1516度程度になるとのこと。収獲日まで10日余あるので、あと12度は糖度が上がってほしい。

2011年10月29日土曜日

ぶどう園ボランティア日記44

2011/9/28(金) 44回 快晴

いよいよマスカット・ベーリーAの収獲日なので、前夜「ひとつぶの葡萄」に宿泊するため、1425分の中央線下りででかける。

定点観測写真:271623分撮影。秋の空。

            

駅についたその足でUぶどう園によって、ぶどう収獲箱を肩からつるす肩掛けを借りる。「ひとつぶの葡萄」への途中MBAの畑によって収穫前日の様子を写真に撮る。

                            
27日夕食時、「ひとつぶの葡萄」で出している1升瓶の生ワインを飲んでみた。なるほど良い出来で、旧来の造りから脱皮しようとしていることがわかる。しかし、それが醸造技術的になかなか難しいらしく、抜け切れないのも伝わってくるような出来だった。

一夜明けて、28日朝555分頃、マスカット・ベーリーAの畑に着く。快晴。早速簡単な説明を今年の栽培責任者Tさんから受け、3人で収獲作業開始!

午前中は、途中新田正明さんを含め何人か人の出入りはあったが最大6人で、10時頃小休止しただけで、12時まで摘み取りを続けた。写真は2時間程度経過後の様子。

                               
お昼はUさん特製鹿肉の仙人カレーと北あかりのチーズ焼きとサラダ。どれもおいしかった。カレーには10kgもの玉ねぎを使うとのこと。簡略化した作り方であると謙遜だったが、良く煮込まれたもので、ピリッとスパイスの効いた素晴らしい味付けのカレーだった。東銀座のナイルのキーマカレーのよう。

この日は、病果を摘粒しながらの作業で、つまり収獲兼選果作業にしては、若干人手不足は否めず、午前中のうちに完了させることはできなかった。1555分頃までかかってようやく終了。

収獲が終わると、いままで畑一面にぶら下がっていたぶどうが一房もなくなり、黄葉し始めた葉だけが残された。うら寂しい姿。

       
収穫の終わった圃場は、お礼の施肥をされ(この畑には施さないようだ)、束の間の休息期間に入る。その後落葉したら、剪定作業が待っている。

昨年1217日に第1回の作業参加以来、9ヶ月と10日でワイン用ぶどうの収獲となった。作業の結果がどのようなワインに仕上がるのか楽しみである。

この畑のマスカット・ベーリーAを使った「勝沼人の大地 赤」の2010年は、ぶどうの病気で収獲量が少なかったため存在しない。

2009年のダイヤモンド酒造による赤の「勝沼人の大地」は、土地の滋味を映し出したかのような身体に優しくおいしい仕上がりになっていた。

2011年ものは麻屋葡萄酒によってどのようなワインになるのであろうか。来年4月の蔵出しが今から楽しみである。

帰りがけホームから見るとぶどうの丘は西日に輝いていた。1719分撮影。

              

ぶどう園ボランティア日記43

2011/9/16(金) 43回 晴れ

定点観測写真:
      
        
今日も良い天気、気温が高い、しかしどことなく秋の気配が感じられる。

一日第1圃場の草刈り作業。午前中ずっと刈払い機を動かしていたら、シャツが搾れそうなほどの汗をかいた。午後は鎌を使って苗木周辺の刈り込み、刈払い機の使用は1時間弱。

刈払い機はメーカーによってあるいは機種によって、最大出力時の振動の大きさが異なり、長時間続けると人体に悪影響を及ぼしかねないなと思うような振動もある。

私の場合は毎日使うわけではないから、白蠟病の心配はないだろう。

914930分:

              
916839分:

               
9161652分:

        
今日草刈りを行った第1圃場の苗木は、大部分が生育状態はあまり良くないとはいえ大多数が活着した状態で、一安心。

これらの苗木は、私は甲州だと思っていたが、そうではなく台木で、本来は今年穂木を接ぎ木する予定だった。来年こそは接ぎ木ができますように!

2011年10月22日土曜日

ぶどう園ボランティア日記37

2011/8/4(木)  37回 晴れ 

定点観測写真:

             
今日は一日中、マスカットベーリーAの畑でベト病に罹った病果の摘粒作業。MBAの畑での初作業。朝8時過ぎにU氏と一緒にMBAの畑に行き、摘粒作業の要領の説明を受けた。

粒を見て明らかにベト病と判断されるものは摘む。続いて、粒は一見健康そうだけれど果梗を見て、緑色ではなく茶色に変色しているものはベト病に罹っているので摘む。疑わしきは摘むという方針で大胆に落とす。伝染病なので、控え目に摘粒すると果梗を通じて房全体が羅病してしまって、いずれ房全体が収穫できなくなりかねないので、ベト病に罹っていると思われる果梗の粒は思い切って落としてしまうこと。

MBAの畑は、仕立ては一文字短梢で、広さは約200坪。かつては沢だったりして畑でなかったが、リニアモーターカー試線のトンネルを掘削して出た土で盛り土をした。ここもそのような土地の一部である。現在はぶどう畑になっている。15年以上前までは300坪の広さがあり、6つに分筆されていたが、フルーツラインの新設等があって、長い時間を経て整理され減歩、合筆された結果1筆200坪になり、去年ようやく登記手続きが完了したとのこと。

摘粒前の病果。

              
受粉しなかった、種なしの小さな粒(ショットベリー)が相当数あり、密着型の房をいくらかでも粗着にするのに役立つと思い、摘粒しますかと質問した。答えは、摘粒するに越したことはないけれど、ベト病果摘粒が最優先なので、時間をかけてショットベリーを摘むことはないということだった。なので、作業スピードにあまり影響を及ぼさない範囲でショットベリーを摘粒した。

晴れの夏日だったが、棚の下での作業で、汗だくになるのは免れ、一日じっくり作業した。